Vol.3

南摩川沿いに少し行くと山の高台に離村した民家がある。
そこの庭先には、白い百葉箱が置いてある。
南摩ダム建設予定地上南摩地区の四季の気象観測データを採っているのであろう。
ダム建設にはなくてはならない重要なデータであろうから。
この山の裾に一軒の民家がある。
いつもここを通るたびに一台の自転車が必ず置いてあった。
家主さんであろうか、年老いた方が家の中や庭を片付けていた。
やはり、長年住み慣れた故郷には計り知れないほどの未練があるのであろう。
そこから100m程行くと丁字路があり、数件の民家が寄り添うように建っている。
そこには乗り合いバスの停留場があって、粟沢口と記されていた。
そして、ここには一つの寂れたベンチが置かれている。
風雨に晒されて錆付き、ペンキは剥げ落ちて壊れかけていた。
もう、このベンチには誰も座ることはないのであろう。



バス停の川向こうには、杉林で囲まれた大きなお屋敷がある。
まだ住まわれている民家のすぐ前の山は、すでに尾根付近まで木が倒されて禿山となっている。
日差しのない黒々とした谷には、倒木が無残に打ち捨てられている。
ごつごつとした岩が荒々しく剥き出された谷は、今にも崩れそうな様相である。
粟沢口の丁字路を右奥へと入ってみる。
薄暗い杉林の中を狭い道路が走り、所々に街灯が付いている。
途中、数軒の民家は離村され荒れた屋敷はすでに山に戻されている。
右側を見ると、山の奥の方はすでに階伐されて禿山となっている。
一番奥まで行ってみた。
去年の暮れに来たときには一番奥の民家は残っていたのだが ・ ・ ・ ・ 。
ただそこには、小さな沢のせせらぎに春の息吹を感じる柔らかな光がキラキラと輝いていた。