秋の雑木林 イナゴ捕り

「母ちゃん、明日学校でイナゴとりやんだから、袋、縫っといとこれね。」
そう言いながらカバンを背負って急いで朝の集合場所へ駆けて行く。お寺の入り口の白門、何人か来ていた。
「やっちゃんも明日いなごとりだんべぇ。」
「袋縫ってもらったんけっ。」
「俺も今、かあちゃんに言ってきたから縫ってもらえっぺと思うんだ。」
「明日、晴れっかな。」
「明日晴れれば勉強なしだもんなぁ~。」
「おめえらもそうだんびゃぁ~。」
下級生も「うんうん」と頷いている。
「あっ、それからよ、てっちゃんとこに真竹あっけっ。」


もう30数年も前の話である。
その当時(昭和34年ごろ)は学校で教材を買うために生徒全員でイナゴをとりそれを売って購入費に当てた。
その頃の農薬は今よりも弱く、田んぼの至る所にイナゴがいた。
イナゴは知っての通り稲を食い荒らす害虫である。
稲刈り前の今頃の時期になると、害虫駆除を兼ねて学校単位でイナゴとりをするのである。
そのイナゴは貴重な蛋白源で佃煮にしたと思う。
秋の日はつるべおとし、夕刻になると西の山並みは、真っ赤に染まった空をバックに、影絵のようなシルエットを映し出している。
藁葺き屋根の家々には淡い明かりが灯り、夕餉の仕度か白い筋が空に向かってまっすぐに立ちのぼっている。
夕食が終わると何んにもすることが無い。
寝っころばって漫画を読んでいる。
「そんなもん読んでねえで早くせいふろにでも入れっ!」
母はそう言いながら、暗い裸電球の下で使い古した木綿の手拭いを二つ折りにして袋を縫っている。
縫い終えた袋を裏返しながら、
「としお、竹ずっぽうは用意したんか!」
「ああ、てっちゃんにもらって来た。」
私は竹の節と節の間を切った竹筒を母に見せ、それを袋の口に入れ紐できつく縛った。
秋の夜は長い。
隣の部屋では父と母がなにやら話しこんでいる。
寝床に入り、虫の音を聞きながらうつらうつらしていると時折、屋根に落ちる栗の実の音が虫の音を一瞬に掻き消してしまった。
抜けるような青空、白門には風呂敷で包んだ弁当箱を腰に付けている者、それをタスキがけに縛っている者みんな集まっている。
手には竹筒の付いた袋を持っている。
気の早いものはイナゴを捕まえてそれに入れ始めている。
朝礼で校長の訓辞があり、担任の先生を先頭に弁当と袋を持って学級別に村内へ散っていった。
「こらぁ~。田んぼん中はいんじゃねぇ~。畦で採れ。畦で。」
「この”ガキ”めら、なんぼ言ってもわかんねんだからっ。」
「先生に言いつけるぞ~っ。」
田の持ち主の怒鳴り声が聞こえてくる。
だいたいが遊び半分である。
そんなことにはお構いなしで田んぼん中へ入り込み、稲を倒しながら採っている。
中には稲の中にねっころばっている者もいる。
しかしイナゴを採る瞬間のスリル(ちょと大げさ?)採るか、逃げられるか。
今でも想いは同じである。
「おおぃ、めしだぞっ。」
待ちかねていたように採るのをやめてそこら辺に座り込む。
母ちゃんが作ってくれたお弁当。
アルミで出来た弁当箱の蓋をとると”たくあん”の匂いがする。
蓋の真ん中には梅干の酸で腐食したのか細かな穴があいている。
中身はお粗末だが草の香りがする川原でみんなで食べた弁当は美味かったなぁ~。
イナゴの糞の付いた手、臭くても洗わなかったんじゃねえかなぁ~。

イナゴの佃煮を食べるたびにその当時の事が蘇ってくる。