いつも通る町の中に昔と変わらぬ風情の小さな駄菓子屋がある。
五十づらを下げた「おっちゃん」が中に入るには幾らかの躊躇があった。
しかし、通るたびに何時か覗いてみようと思っていたので思い切って入ってみた。
薄暗い店の中には、昔と変わらぬ円い笠のついた電灯が下がっており、縁台に雑多に並べられた昔懐かしい駄菓子が放つ淡い光りに影を付けて浮かび上がって い る。
だれもいない。
障子戸のガラスを通して奥のほうには丸い火鉢が置いてあり「てつびん」が掛けられていた。
「てつびん」の口からは白い湯気が出ていて「ちん、ちん、ちん」と鳴っている。
また、耳を澄ますと何処にあるのか柱時計の振り子の音が静かに聞こえてくる。
この静寂さの中に聞こえるこの音は、ゆっくりと過ぎ行く時を感じさせてくれる。
私の視線は壁に貼り付けてあるブリキに描かれた蚊取り線香の広告に注がれていた。
「おばちゃん、くじ!」
店の奥から着物の襟に白い手拭を巻いた60がらみのおばあさんが下駄を突っかけて店先に出てきた。
店先には台が置かれ、その上には木製のガラスの蓋の付いた箱があり、その中にはせんべいのしいかなどが入っている。
その上の棚にはアルミの丸い蓋の付いた 四角 いガラス瓶が何個か並べられ、その中には酢いか、酢昆布、あんず飴、あんこ玉、飴玉などが入っている。
天井からは紐のいっぱい付いた”くじ”や板に貼り付けられた写真や甘納豆の入った「袋くじ」など色々な物がぶら下がっていた。
薄暗い土間の隅っこには、豆腐やこんにゃくの入ったブリキのバケツが置いてある。
「1回10円だよ!」
紐のたくさん付いたくじを引いた。
紐の下には米やとうもろこしで作った爆弾菓子、飴、水飴などの入った袋が付いている。
「まぁた、おんなじかよ~。つまんねえなぁ~。」
などと言いながら、おばちゃんの”しわくちゃ”の細い手の平に10円を置いていく。
「今日は何買うかな。」
ポケットには20円しか入っていない。
「おばちゃん、「べえごま」と「ぱす」おこれ。」
おばちゃんは新聞紙で作った袋にそれを入れてくれた。
「べえごま」は味噌樽の上にゴム引きの雨合羽を被せほんの少したるみを付けて樽の周りを縄で縛る。
何人かで其処へ「べえごま」を廻して入れ、互いにぶつけて弾き合い樽から落ちたら負けで取られてしまう。
ぶっかっても落ちずらいように、買ってくると「べえごま」の底に「やすり」を掛けて平べったくしてしまう。
そうすると背が低いのでぶっかっても相手のこまを弾きやすくなるのである。
「べえごま」を廻すには、やや太い紐の先にたんこぶを2つ作りそのたんこぶに紐を渦巻き状に巻いて独楽を廻す容量である。
また「べえごま」の上には文字が彫ってあり、そこへ白墨を水で練り窪んだ部分に詰めて化粧したりもした。
「ぱす(めんこ)」はその頃東映映画の全盛時代で中村錦之助、東千代之助、大川橋蔵などの大スターがおり、その映画の主役の写真などが印刷されていた。
鞍馬天狗、赤胴鈴之助、笛吹童子などなど。
「ぱす」は丸や四角のめんこを地面に置き、めんこをいせおいよく地面にぶつけた風圧で相手のめんこ裏返しにしてしまうと勝ちで相手のめんこを頂ける。
負けないために色々と工夫した。
丸いめんこは外周を内側に少し折り曲げて地面との隙間がないようにしたり、二枚貼り付けたり蝋を染み込ませて重くしたりした。
上手な友達は、木製のりんご箱にぎっしりと詰め込んだ輩もいた。
日も傾き、薄暗くなってくると誰ともなく呟く。
「もう終わりにして、かえんびゃ~。」
分捕った”ぱす”を小脇に抱え帰りはじめる。
駄菓子屋の入り口のガラス戸にかかった薄汚れたカーテンからは明かりが漏れている。
外のひさしにぶら下がった、季節はずれの破れかけた「奴だこ」が風に舞いなが らく るくると回っていた。