「あの八重桜、どうしたかなぁ~。」
「丁度今頃、咲き始めるんだよなぁ~。」
そんなことを呟き、五月の風を受けながら車を走らせる。
周りの山々は淡い緑と言うよりも白に近い芽吹き色に輝き、斑に見える黒木山と眩しいくらいのコントラストを作っている。
そして、水が張られた田んぼはまるで鏡でも置いたかのように山々の芽吹きを映し出している。
車を置いて想い出の場所へと行って見た。
堤の桜はすでに終わり、八重の老木は枯れ果てた姿で数本だけが残されていた。
枯れ始めた老木の根元からは数本の細い枝が出ていた。
そして、そこには数輪の八重が寂しそうに花を付けていた。
それは、まるで老いてゆく自分に残された全ての精力を使いきって咲いているかのようにも思えた。
そして、その健気な姿は次世代へ残そうとする生命力の強さをまざまざと見た思いであった。
その姿は、かつて八重桜並木に盛隆を誇っていた頃の自分を想い出しているかのようでもあった。
しかし、その面影はもうない。