囮(おとり)冬

「知花、こっちへ来てみろ。」
「お父さん、何なの!」
「あれ、見てみろ。」
きのう、みかんを半分に割って置いた餌台に目白が2羽来て啄ばんでいる。
おそらく"つがい"であろう。
娘は起きたばかりで、目をこすりながら見ている。
「あれっ、すごいっ!かわいいね!」
妻はベランダで洗濯物を掛けながらやはり見ている。
私が近づいても餌が気に入ったのか一生懸命に啄ばんでいる。

yamagara_001.jpg

「けぇちゃん、あした小鳥捕りいくんけ。」
「土曜日で半ドンだから、3時頃いってみんべぇ。やっちゃんも連れて行ってやっか。」
「俺、おとり持っていくから、おめぇトリモチ用意しとけや。」
今から、もう35年位前の中学生の頃の会話である。
その頃は、晩秋になると雑木山へ野鳥を捕りに行くのが結構はやっていた。
今でこそ野鳥を捕ることは禁じられているが、その頃は店に"かすみ網""トリモチ"などが置かれており、取り締まりも今ほどではなかった。
目的の鳥は"やまがら"である。
学校の帰り、駄菓子屋に寄って"トリモチ"を買ってきた。
"トリモチ"は丸くて平べったいブリキの缶に入っている。

"トリモチ"を巻く栗の枝を取るために庭の栗の木に登り、長く伸びた今年の新枝を採ってきて先の方の葉っぱを4・5枚残してあとは手でしごいて葉を落とす。
口の中には缶から取り出した"トリモチ"をガムのごとくクチャクチャと噛んでいる。
そして手際よくそれを口から取り出し栗の枝にグルグルと巻いていく。
「こんなもんでよかんべぇ。」
自分で感心しながら、又それを缶に戻していく。
栗の枝は3本用意した。
自転車を漕いで待ち合わせの雑木山へと向かった。
けぇちゃんは片手に風呂敷を掛けたおとりの"やまがら"が入った鳥かごをぶら下げてやっちゃんと来て待っていた。

この頃は、鳥かごも器用な者は自分で作っていた。
小遣いでは高くて買えなかったからである。
鳥かごは竹で作ったもので、枯れた孟宗竹を採ってきて長さを決めて鉈で縦に細かく割ってゆくそれを、確か"ひごとおし"と云ったと思ったが?
鉄の四角い板に大きさの違う丸い穴が何個か開けてあり、下の両側に爪がある。
それを台に直角に打ち込み、作りたい竹ひごの太さに合わせて大きな穴から割った竹を通していきそれをまた小さな穴に通して目的の太さの丸い竹ひごを何十本と作るのである。
そして、それを竹の四角い棒と組み合わせて鳥かごを作るのである。

zouki_fuyu_001.jpg

雑木山に入ると木の葉がきれいに掻き集められ、所々に山と積まれている。
晩秋の柔らかい日差しが、雑木山の木々の間を斜めに差し込んでいる。
「この辺でよかんびゃ~。」
「とっちゃん、"トリモチ"掛けろや。」
先ほどから口の中で噛んでいた"トリモチ"を栗の枝に巻き、クヌギの枝に吊るしたおとり籠の上にそれを差し込んだ。
離れた場所の藪の中に身を隠して鳥が寄って来るのを"じぃっ"と待っている。
「"やまがら"寄ってこねぇなぁ~。」
けぇちゃんはさっきから得意な口笛で"やまがら"を誘っている。
様子を窺いながら"やまがら"が2羽おとりの周りを行ったり来たりしている。
そのうち1羽が鳥かごの上に掛けた"とりもち"に掛かった。
"ばさばさ"ともがいている"やまがら"に近づき"トリモチ"の付いた羽根を丁寧に取り、やっちゃんの下げている空の鳥かごに移した。
「今日は2羽かぁ~。」
「暗くなってきたからそろそろ帰えっぺぇ。」
晩秋の雑木山は日が暮れるのが早い。
茜色に染まった夕焼けに、クヌギの木の枝がくっきりと浮かび上がっている。
3人は捕った獲物を大事そうに抱えて、山の斜面に積もった落ち葉の上を滑るように駆け降りて行った。


「こらっ!」
知花のかん高い声がした。
飼い猫の「ミュ-」が目白を見つけて、餌台にジャンプしたのであった。

※ (やまがら 【山▼雀】
スズメ目シジュウカラ科の小鳥。全長約14センチメートル。腹面は栗色、のどと目の上が黒く顔はクリーム色、背面は灰色。低山帯の森林にすみ、昆虫や木の実などを食べる。鳴き声がよく飼い鳥にもする。日本各地と千島・朝鮮半島・台湾に分布)
※ (かすみあみ【霞網】
張り網の一。ごく細い糸で編んだ、小さな目の長い網。大群をなして渡ってくるツグミ・アトリなどの小鳥を捕らえる。現在、使用が禁止されている。)
(とりもち 【鳥黐】
小鳥や昆虫を捕らえるため竿の先などに塗って用いる粘り気の強いもの。モチノキ・クロガネモチヤマグルマなどの樹皮から採る。)