田植え(春)

朝6時、 「もうすぐ、みんな来るから用意しろ。」
外で父の声がする。
今日は田植えの日である。

父と母は耕耘機に乗って先に田んぼに行ってしまった。
私は、父のズボンをはき、自転車で田んぼへ向かった。
自転車を漕ぎながら山に目をやると、新緑で山は輝き目に眩しい。
一年中で一番の季節だ。

空は雲一つない五月晴れ、しかし、今日は田植えの手伝い。
「ひろとり(田植えの手伝い)」の人たちが10人位来て苗床から苗を取っていた。
私は、ズボンの裾を藁で2カ所縛り、「田植え足袋」を履いて田に入る。

「つめて-」水が氷のようで痺れそうだ。
私は縛った苗を運び田の中に置いていく。
「ひろとり」の人たちは苗を植えるのが速かった。

束ねた苗から植える本数(4本くらい)を取るのがなにしろ速い。
横一列で、みんなで競っているかのようである。
私は痛い腰を伸ばしながら、後から付いていくのがやっとだった。

お昼近くになると、姉たちがお昼の食事をもってやってきた。
雑木林の草の上に「むしろ」を敷いて食事の用意である。
赤飯、煮付け、煮魚など、正月以来のご馳走である。

食事の後、雑木林の草の上に寝ころぶと、爽やかな風と草の香りが眠気 を誘う。
穴のあいた麦わら帽子からは、クヌギの若葉が透き通ったように輝 いて見えていた。
田植えも終わり、小さな小川で泥の付いた足を洗う。

足袋を抜くと足はふや けて真っ白、泥の黒と対照的であった。
父は田んぼの畦に腰を下ろし、煙草をふかしながら母と植え終わったばかりの田を見ている。
苗の植え揃った田んぼには、西日に輝く山の端が映っていた。

.........。

30年前のふるさとの情景を思い出すたびに、八木重吉や啄木の詩を口ずさむ。


「ふるさとの山をむねにうつしゆうぐれをたのしむ」(八木重吉)
「ふるさとの山に向かいていうことなしふるさとの山はありがたき哉」 (石川啄木)

「木の芽吹き田水平らに映しけり」  詠み人 樋山