母の死(秋)

「プルルルル、プルルル、....」

朝五時、突然の電話。
それは予期していた内容だった。
3日前から母の様態が悪く、夜も交代で看病していた。

昨日から姉と交代で妻が看病に当たっていた。
夜はほとんど寝ずに付き添っていた。
9月24日の朝、今まで安定していた母の病状が、突然急変した。

私は妻からの電話で急いで病院に駆けつけた。
病院に着くまでの10分間、私の脳裏には母の思い出が駆けめぐっていた。
病室の中では医師たちが慌ただしく手当していた。

妻は母のそばで泣き崩れていた。
私は母のそばに駆け寄り大声で叫んだ。
「かぁちゃん、がんばれよ!」
「もうすこしがんばってくれ!」涙が後から後から溢れてくる。

そのうち姉たちも駆けつけ、母のそばで泣き崩れていた。
私は医師たちの懸命の手当を否定するかのように母の耳元で囁いた。
「かあちゃん、みんな来てくれたんだよ。よく頑張ったね。」
「もう、苦しむことなく、とうちゃんの元で安らかになってね。」

私は母の手を握りしめ、母の髪を撫でながら、母の苦しそうな表情を見守っていた。
母も安心したかのように、次第に心電図の波形も平らになっていった。
そして、穏やかに眠るように息をひきとった。

「ご臨終です。」
「6時33分でした。」
医師の言葉をよそに、小さい頃のいろいろな思い出が、走馬燈のように私の脳裏を駆け抜けていった。

小学生の頃、雪の降る夜、熱を出した私をおぶって、雪道を走って行った母。
私たちを学校にやるために、朝早くから夜遅くまで仕事に明け暮れていた母。
いつも、父の陰で好きな事もせずに、私達を見守ってきてくれた母。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

想い出は尽きない。
気丈で、しかも人一倍思いやりのあった母。
その母はもういない。

たぶん親爺の元で、又喧嘩しながらも親爺を労っているのだろう。
毎朝、母の位牌に手を合わせながら、般若心経を懸命に口ずさむ。

「羯諦羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提薩婆訶。般若心経。」