窓を開けると何処からか風にのって麦の匂いがしてくる。
麦を刈り取ったばかりの懐かしい匂い。
青臭いような、芳ばしいような昔と変わらぬ匂いである。
昔、暑い日に母と二人で汗を流しながら刈り取っていたあの麦の匂いと同じである。
なぜか、母の汗の匂いと麦の匂いがだぶついてしまう。
母は亡くなってしまったが、あの頃が懐かしく思える。
夜になると、家裏の板を渡した洗い場の草むらには宝石を撒き散らしたようにホタルが飛び交う。
ネオンサインのように点滅を繰り返し今思うと非常に幻想的な光景であった。
うちわでホタルをかき集めては(そのくらい多くいた)、麦わらを編んで作ったホタル籠に入れた。
家の中の蚊帳の中に放したりしては母に叱られた。
電球を消し、暗闇の中で見たあのはかない光の点滅の光景が今も瞼の裏に焼き付いている。
今では何処に行ってもあの時のような光景には出会えないだろう。
今は遠き昔の想い出である。
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