恵方巻き と しもつかれ

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恵方巻き

昨日は節分
我が家では豆まきはしなかったが、恵方巻きを作ってみた。
今年の恵方は南南東の方角だそうだ。
早速、妻が作った大振りの海苔巻きを恵方を向きながら頬張ってみた。
恵方巻きは、何年ほど前から世間に広まってきたのだろう。
確か、私の子供の頃はこの様な行事というか風習はなかったと思う。

※ 恵方巻き
幕末から明治時代初頭に、大阪・船場で商売繁盛、無病息災、家内円満を願ったのが始まりで、一説には若い女性の好きな人と一緒になりたいという願望から広く普及したとする説。(すし組合のチラシより) Wikipediaより

最近では豆まきの大きな掛け声を聞くことが殆どと言って良いくらい聞けなくなってしまった。
私が子供の頃は、親父が早めに風呂に入って身を清め、家の各部屋と物置などに豆を撒いたものだ。
そして、小学校の高学年の頃は、親父の変わりに私が豆を撒いた記憶がある。
恥ずかしいためか、なかなか声を出す勇気がなく、親父に叱られた記憶もある。

節分が過ぎると立春
この日になると、栃木県の郷土料理であるしもつかれの出番である。
材料は、大根、にんじん、鮭の塩引きの頭、炒った大豆、酒粕、そしてコンコン様の大好物の油揚げ
そして、道具は栃木県だけしかない鬼おろし(おろし器の歯を竹で荒く作ったもの)。
しもつかれは、今でこそ私の大好物だが、子供の頃はこれが嫌で仕方がなかった。
でも、食べるおかずが無いので嫌々食べた覚えがある。
母が朝早くから七輪で火を起こし、作った具材を大きめな鍋に掛けてとろ火で数時間かけて作っていた記憶がある。
そして、裏山などに祀ってある稲荷様にお赤飯と小さな藁ズットに詰めたしもつかれをお供えした風習がある。
下は、数年前に撮ったしもつかれの写真で、母直伝の我が家のしもつかれです。
今年は、野菜が高いとはいえ作らぬわけにはいかないだろう。
が、面倒くさいが先に出てしまう。

しもつかれ しもつかれ

※ しもつかれ Wikipediaより
『宇治拾遺物語』『古事談』などの説話にも記述されている「酢むつかり」を起源とする説が有力であり、江戸期、飢饉の時に飢えを凌ぐための食物である救荒食(きゅうこうしょく)としてよく使われるようになった。

私のブログに2014年1月に書いたしもつかれの記事があります。
しもつかれin郷土料理 (ITMayのつぶやきより)
冬の雑木林 しもつかれ (五月の風より)

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