懐かしいエッセイ 現像てんまつ記 その二

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奥日光湯の胡

遠い地平線が消えて深々とした夜の闇に心休めるとき
遥か雲海の上を音もなく流れ去る気流は
弛みない宇宙の営みを続けています。
満天の星を戴く果てしない光の海を豊かに流れ行く風に心を開けば・・・・・・・

「ミスターロンリィー」
この素晴らしくも甘いロマンを享受させてくれる音楽に、城達也の心に響くナレーションがCDに付けたヘッドホンの奥から流れてくる。
今、私はCDを聞きながら30年前の若き日の懐かしき想い出に浸っている。
あの頃、深夜になると寝床にトランジスタラジオを持ち込み、FM東海ラジオから流れる「ジェットストリーム」に夢弾ませながら聞いていた。
「ひまわり」、「追憶」・・・・などなど素晴らしい音楽に心酔いしれていた。
ヘッドホンの奥から流れくる城達也のナレーションに、若き日の想い出をだぶらせ、うっとりと聞いている。
突然、ヘッドホンが外れ、甘~い音楽が妻の黄色い囁きに変わった。
「水道の蛇口、出しっぱなしにして、30分以上もたっているわよっ。」
「ジャー、ジャーと出しっぱなしにして、水道代がもったいないじゃないっ。」
私は「はっ。」として現実に戻った。

現像タンク

フイルム現像を始めてからもう半年。
30本は現像処理しただろうか。
薬品の容器も一升瓶、ビール瓶からプラスチック容器に替え器材は一通り揃え終わった。
ただ、暗室だけは経済的理由でどうにもならず、今までどおり暑苦しい押入れの半坪暗室である。
最近は、夜だけに限らず昼間でも押入暗室を使うようになった。
それから、フイルムをタンクに巻き込む動作も板に付いてきて、ほとんど失敗はなくなった。
ただ一回だけ大きな失敗があった。
妻が買い物に出かけたのでのんびりと現像が出来ると思い、押し入れに入り"どてら"を頭から被ってフイルムを巻き込んでいた。
突然、がさがさと音がして目の前が明るくなり、押し入れの前には娘が立っていた。
私も驚いたが、娘はもっと驚いたろう。
猫の変わりに"どてら"を被った私が入っていたのだから仕方がない。
娘は二階にいて一階の押し入れで何やらがさごそと物音がするので、飼い猫の"ミュー"が押し入れで暴れていると思い開けてしまったのである。
もちろん傑作が写し込まれたと思うフイルムも感光してしまった。
それから余談であるが巻き取ったフイルムの芯、これが我が家の飼い猫"ミュー"の大のお気に入りで、サッカーの如く家の中を所狭しとじゃれ付いて駆けずり回っている。

休日の午前中に撮影してきて午後一番で現像し、夕方までにはフイルムの乾燥も終わる。
夜にはスキャナーで読み込み、その日のうちにWebにUP出来てしまう。
確かに流れとしてのストレスは無くなってきた。
最近は9割近くがブローニー120フイルムを使用している。
メーカーは何故かKodak。
以前はフジのアクロス、プレストを使っていたがやはり硬い調子のTRY-Xが私好みである。
現像液もKodak、D-76。1:1の希釈液、これが私にとってはベストの組み合わせかと定着してしまった。
一時、現像液のD-76を切らしてしまい、取り寄せるのに一週間かかるとの事で、フジのミクロファインを仕方がなく使ったことがある。
Webで各メーカーの現像データを調べてみたが、TRY-Xとミクロファインの組み合わせた現像データはどこにも見当たらない。
しかたがないのでTRY-XとD-76の現像データを基に時間を調整してみた。
液温22℃、ミクロファイン1:1希釈液で9分30秒、これで処理してみたが、ほぼ標準ネガに近い満足した結果を得ることが出来た。
(タンク現像なので定着が終わってみないと調子が確認できない、まさに一発勝負である。)
それから、ブローニーにしてから現像ムラが出るようになった。
35mmでは出なかったのだが、フイルムの長手方向の両端に狭い帯状の現像ムラが出来るのである。
Web上で原因について調べてみたが芳しい情報が出ていない。
あるHPにタンク現像の場合、中のリールを攪拌する時に起きるリールと現像液の流れによる関係であると書いてあった。
こうなると流体力学絡みである。
何本か試してみたが、タンクに現像液を注ぐ時の攪拌する速さが原因で現像ムラが起こることが分かった。
注入の際、攪拌する速度を速くすると現像ムラが起きやすくなる。
ブローニーの場合、35mmに比べてタンクの深さが深く、それで蓋側と底側は現像液の流れが速く(現像が早い)中間部はフイルム巻き込みのせいもあって、現像液の流れが遅く現像が遅いのであろう。
こんな小さなタンク内で流体力学が関係するなんて驚きである。
私としての解決策は、タンク現像の場合、現像液は遅からず早からず普通に注入する。
そして、リールの攪拌は慌てずにゆっくりと(例えば柱時計のねじを巻く早さくらい。)ごく普通に攪拌すれば解決できると思う。
それから、私がやっていることだが、前浴、これは現像液を注ぐ前に現像液がフイルムに馴染むように水(私は水道水)で30秒ほどゆっくりと攪拌して水を捨て、それから現像液を注入している。
私が一番驚いたのはKodakのTRY-Xの前浴だった。
なんと入れた水が紫色に変わってしまい、異臭がするではないか。
慌ててはみたがどうすることも出来ない、大事な作品を没にする訳にもいかずそのまま現像してみた。
あにはからんや、現像のムラなどもなく上々の仕上がりであった。
これを機に私は現像ムラ防止のためにも、前浴は必須としている。

現像タンク

フイルム現像、それは不安と期待という適度なストレスを私に与えてくれる格好な趣味であるのかもしれない。
「あああっ~。疲れた。もっといい写真撮れねぇかなぁ~。」

机に無造作に置かれたヘッドホンからは、城達也のナレーションが「ミスターロンリィ」をバックに私の疲れきった心を癒すかのように微かに流れていた。

1段目は、栃木県日光市冬の湯の湖。
2段目は、フィルム現像を始めた頃のベルト式現像タンク(浅沼商会)。
3段目は、LPLステンレス現像タンク

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