懐かしいエッセイ 太々神楽(二)

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懐かしい想い出 太々神楽その二です。

太々神楽(二)(春祭りの想い出)

"トッピィ~ヒャラリィ~、トッピィヒャロ""シャーン、シャシャ、シャーン""ドーン、ドド、ドーン"
拝殿では太々神楽が既に始まっていた。
神々を崇める笛や太鼓、鈴の音色が入り乱れ、鎮守の杜はその賑わいにすっぽりと包み込まれていた。
拝殿の中央では、白い衣装に羽織をつけ赤い袴、頭に冠を載せ女の面を付けた"第十座の"八幡巫女の舞"が演じられていた。
「とっちゃん、いまんとこ"だいだい"つまんねから何か買ってくっぺよ!」
「ほだな。」と言って、境内の周りに出ている出店の方に行ってみた。
テントを張った出店は間口6尺程で、セルロイドのお面や風車を売る店、焼きイカや今川焼きを売る店、ブリキのおもちゃなどを売る店や綿菓子を売る店など七軒ほど出ていた。
ここでも群っているのは子供だけ、薄汚れた黒い学生服に学帽を被り、尻に継ぎ当てしたよれよれのズボンを穿きしゃがんで品定めをしている者。
おかっぱ頭に赤い綿入れ半纏、しもやけた真っ赤な手をした女の子。セーターの上に黒い絣の綿入れ半纏を着て、天気が良いのに何故か長靴を履いている男の子。
どの子を見ても鼻の下は埃で薄汚れている。
小さな子は半纏の袖口で鼻を拭くため、袖口は鼻水が固まってかぺかぺしている。
履物も下駄、草履、長靴、短靴などいろいろで靴下など履いていない。
「おじちゃん、これいくらだい!」
「10円だ!」
「これは!」
「5円!」
「こらっ!きたねえ手でそっちこっちさわんじゃねえ!」
「かわねんだら、あっち行ってろ!」
子供たちはそんな事にはお構いなし、親からもらった少ない小遣いの中で品定めに夢中である。
「みっちゃん、何か買ったけ。」
「まだ、買ってねぇ。」
「ほんじゃ、二人で水飴でも買って"だいだい"見っぺ!」
「あとは、終わってからゆっくり買あべよ。」
舞台の上では、ひょっとこの面を付けて滑稽に演じる第五座の"安河原道化の舞"を演じていた。

太々神楽の演目は、第一座の"総礼の舞"に始まって第三十六座結びの"大黒の舞"で締めくくられる。
上演時間は一座で約10分位、長いものは30分程あり三十六座で約六時間程の神楽である。
神楽の種類は"神田流岩戸神楽"と言われ、昭和32年に栃木県の重要文化財に指定され、NHKから収録取材に来た事もあった。
神楽を伝承するのは部落住民の義務であって、特に長男を継承者としていた。
そして、この神楽は第一座"総礼の舞"に始まり第二十座"岩戸の舞"を中心として第三十六座"大黒の舞"をもつて終了とした。
ただ、この神楽は如何なる事情があろうとも"岩戸の舞"で岩戸を開けないうちは中止出来ないしきたりがある。
(栃木県教委版「栃木県の民俗芸能(1)」より引用)

第十五座の"安河原道化の舞"は神が剣を造る様子を演じたもので、神と神の下僕として"ひょっとこ"の面を被った道化が登場する。
"ひょっとこ"二人が"鍛治屋"の道具を担ぎ、舞台の中央で"刀鍛治"の様子を面白おかしく演じている。
道化役の二人はすでにある程度のお酒が入っており、酔った威勢おいで滑稽に演じるその様は私達子供にとっても大変な人気であった。
神楽で"ひょっとこ"の出てくる場面の時は、見物人が舞台の周りに集まって来て声を上げて笑いこけていた。
「みっちゃん、腹へんねけぇ!」
「うん、腹減った。もうお昼だかんな。」
「昼メシ、どおする。焼きそばでも買ってきてたべっけ!」
「いいよ、とっちゃん、銭もったいねえよ。俺、父ちゃんとこ行って何か貰ってくっから。」
みっちゃんはそう云いながら拝殿横の楽屋へと駆けて行った。
みっちゃんの父ちゃんは、太々神楽の中で一番勇壮で人気のある第二十座"岩戸の舞"の荒神手力男を演じる村一番のヒーローでもあった。
"岩戸の舞"は古事記に出てくる日本神話を元に創られた演目で、天照大神がスサノウノミコトの暴状を怒り天の岩屋に篭ってしまった為、大力の神"荒神手力男"が天岩屋戸を開いて天照大神を出したと云う神話に基づく舞である。
みっちゃんが両手に何んかを持って駆けてきた。
「とっちゃん、これで腹ごしらえすっぺ。」
片手には木皮にてんこもりにした"おこわ"(赤飯)、もう片方には木皮で包んだ"煮しめ"が入っていた。
「ぜぇぶん貰って来たんじゃねえけぇ!」
「これで腹一杯になんな!」
私とみっちゃんは、狛犬の台座に腰掛けてそれらを平らげた。」
お昼には神楽も中断し、お祭り当番の人達が楽屋の中で舞人やお囃子の人達に食事の世話をしている。
当然お酒も入り、楽屋の外には熨斗の付いた一升瓶が何本も転がっていた。
見物人達は、持ってきた莚を敷きお握りや出店で買った焼きそばなどを食べながら世間話に花を咲かせている。
子供たちと言えば、境内に出ている出店で品定めに夢中である。
水飴を食べずに白くなるまでこねくり回している者、買ったセルロイドのお面を頭に被り、口元をべとべとにしながら杏飴を舐めている小さな子供、ブリキで出来た"カン鉄砲"をバンバンと打ち合いながら遊んでいる子供など、鎮守の杜は子供たちのざわめきに包み込まれていた。
天を突くような甲高い笛の音が鎮守の杜に響き、拝殿の上では舞が始まった。
いよいよ、みっちゃんの父ちゃんの出番、"岩戸の舞"の始まりである。
拝殿正面の格子窓にはシデと榊が飾られ、丸い鏡の上には"岩戸"に似せて作られた三尺、四尺程の楕円をした"張りぼて"が掛けられている。
そして、紫地の装束に襷を掛け黒の袴を穿いてシャグマの冠り物と"タヂカラオ"の怖いほど勇壮なお面を付け、手には剣を持って太鼓と笛に合わせて登場するみっちゃんの父ちゃんの勇姿には私達子供さえも憧れた。
拝殿の前に立ち、甲高い笛と腹の底に響くような太鼓に合わせて舞う様は勇壮であり、雄渾ともいえた。
特に岩戸を開く場面で、格子窓に掛けられた岩戸を両手で持ち上げて力強く舞う場面は、この神楽三十六座の中でのクライマックスでもあった。
(春の雑木林より)

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