懐かしいエッセイ 現像てんまつ記 その一

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ポートレート(矢板市にて)

「な、なに、これっ!」
妻の甲高い声が台所から聞こえてくる。
隣の部屋にいる私はその一声で一瞬焦った。
「ドア開けんなよ!」私はすかさず言ってしまった。
私は自分の部屋のドアを閉め雨戸も締め切って部屋の中を真っ暗にし、撮り終わったばかりのモノクロフイルムを現像タンクの中のリールに巻き込んでいる最中であった。
入り口のドアからは建て付けが悪いのか、隙間から多少の明かりが漏れている。
それを避けるために「どてら(かいまき)」を頭からすっぽりと被っている。
この大事なとき妻にドアを開けられてしまったら傑作であろうと思われるはずの作品がすべて「パアー」もしくは「おじゃん」になってしまう。
「どてら(かいまき)」を被ってうずくまっている私には、ドアのノブをこちらから硬く握って妻が開けようとするのを阻止するすべがない。
私は焦りながらも必死にドアを開けないように叫びながら哀願するのであった。(これはチョット大げさすぎる。)
妻が驚いたのは、停止液に使う氷酢酸の水溶液がドンブリバチに入っていて、その原液から悪臭が漂っていたからであろう。
台所のテーブルの上にはしたごしらえの終えた、現像液を入れたビールビン2本、定着液を入れた茶色の一升瓶1本それと停止液を入れたドンブリバチが一鉢、それらが雑多にテーブルの上にドーンと乗っかっている。
但し、現像液は馴染むようにと前の晩にビールビンで3本分作っておいた。
なにしろフイルム現像は30年振りである。

最近、私の使っているデジカメの性能に疑問を持ち始めた。
と言っても私の安い200万画素のデジカメに性能など期待するほうが間違っているが、ただ30万円もするような500万画素以上の高性能一眼レフ型デジカメが買えないためのあがきに他ならない。
そんな訳で、昔取ったきねずか、一眼レフ銀塩に不満を溶かし込んだのである。
しかし、カメラ屋にフイルムを出してもプリントが出来るまでには最低でも一週間はかかってしまう。
私の性格からして一週間も待ちきれないのである。
そんな訳で昔やっていたフイルム現像を久々にやり始めたのである。
丁度、行き付けの写真屋に行ったらプラスチック製の現像タンク(キング、フイルムシート付、1本用)が売れないためか 店の隅の方で埃を被っていた。
手にとって見ているとオヤジが「それなら500円でいいよ!」
私はこりゃしめたと思いすぐさま二つ返事で買い求めた。 新品で買えば2700円はする。
それからオヤジは「いまどき珍しいね」などと言いながら現像液と定着液を一袋づつサービスしてくれた。
現像タンクで2000円、薬品で一袋約200円だから400円、しめて2400円サービスしてくれた訳である。
このままだと支払いは500円のみ。
これじゃオヤジに申し訳ないのでカラーフイルムを2本だけ買った。 停止液、水洗い促進剤、ドライウエルなどはオヤジの店になかったので専門店で手に入れた。

栃木県日光市霧降高原にて

妻にドアを開けられることもなく、未現像のフイルムはタンクの中に収まり、薬品のしたごしらえも終わってさて現像と思いきや、「あれっ、温度計がねえや!」一瞬焦った。
温度管理が出来なければ、傑作であろうと思われる写真もよい結果が出るはずがない。
「温度計、温度計~っと!あ~っ、まいつたなぁ~!」
「あっそうだ、体温計がある!」
「体温計、何処やったっけ!」
妻に聞いた。すかさず妻は「熱でもあるの?」ときた。
「熱なんかある筈なかんべよ!現像につかんだ。」
妻は呆れながらもしぶしぶと薬箱から出してきた。
「あっ、それから時計」
「目覚まし時計でいいかっ!」
そんなこんなで、さて現像である。
まず、ビールビンに入ったコダックD-76をメスカップに250cc採り20℃の水を250cc継ぎ足して1対1の500ccの希釈液とし、液温を20℃に保つ。
これは台所のボイラー温水でクリアー。
昔はバットに水を張りそこへメスカップを浸し沸騰したお湯を注いで液温を確保した。
これを現像タンクに注ぎ込み、一杯になったら現像液のフイルムに付いた泡を取るためにタンクの底を数回たたく。
それと同時にタンクのつまみを回しながら一分間連続攪拌。
そして一分ごとに5秒間攪拌する。
フイルムがコダックのトライXパンなので指定どおり9分30秒。
10秒前からタンクの現像液を捨て始めすかさず停止液を注入し1分間連続攪拌して停止液を捨てる。
この段階で現像処理は止まったので、焦らずに定着液を注入する。
一分間連続攪拌して1分置きに5秒攪拌、これを10分間繰り返す。
途中タンクの蓋を開けてフイルムに未定着部分がないかどうか確認してみる。
「おっ!よしよしっ、こりゃ傑作だわい!」
などと頭の中で自己満足する。
そして1分間水道水で水洗いし、次に水洗い促進剤を注入する訳だが、ここでアクシデント。
促進液とドライウエルを作って置かなかった。
慌てて作って処理したが、良く考えてみるとすでにフイルムは定着しており、焦って作る必要もなかった。
タンクの蓋を開けたまま促進液に30秒間漬け今度は水道流水で10分間水洗いして、希釈したドライウエルに数秒漬けて完了。
乾燥は部屋の鴨居にフイルムを画鋲で留め、フイルムの下に錘として洗濯バサミを3個つけて乾燥を待つ。
以上で現像処理は完了したわけである。
時間にして約3時間ほど。
現像液はタンク容量が約500ccなので1回に使う量は1対1希釈した場合1リットルで4回使える。
現像液は希釈した場合はそのつど捨ててしまう。
定着液、水洗い促進液は何回か使えるので捨てずに茶色の一升ビンに戻しておく。
停止液、ドライウエルはそのつど使う分だけ作る。

栃木県益子町にて 栃木県塩谷町の長屋門にて

傑作を創る為の条件。
1.奥様にオベッカを使いながらもより良き理解を得ること。
2.自然暗室(夜中にやる事を言う)の場合、くれぐれも暗いからといって電気など付けないこと。
(タンク、巻き込みリール、ペンチ(フイルムケースを開けるときに使う、無いからと言って歯でかじって開けたりしてはいけない。))などは手元に用意しておくこと。
3.「どてら(かいまき)」を1枚用意して置くこと。(寒いためではない。遮光のため。)
そして最後に。
4.台所で代用したもの(料理用のメスカップ、ドンブリバチ、体温計)等は良く洗って置くこと。
5.テーブルの上は良く拭いて、整理整頓すること。
6.窓を開けて換気をしておくこと。
最後に、慈悲深き奥様の肩など揉んでやれば、傑作間違いなし。

「ちゃんと後片付けしといてよ!」
妻の黄色い声が私の頭の後ろの方から聞こえてきた。
(夏の雑木林より)

掲載したモノクロ写真は私が写真を始めた頃(昭和45年頃)の写真です。
1段目は、栃木県矢板市長峰公園で撮影した懐かしきポートレート。
2段目は、栃木県日光市霧降高原。
3段目は、栃木県益子町村杉工房にて。栃木県塩谷町長屋門にて。

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