32年目の日航機墜落事故

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かつてないあの悲惨な忌まわしい記憶から32年の月日が流れた。
その夜、突然、衝撃とも言えるニュースがテレビから流れてきた。
東京発大阪行きの日航機123便の機影が消えたという。
翌朝には8月12日午後6時56分、群馬県多野郡上野村において日本航空羽田発伊丹行123便の墜落事故が明るみになった。
死亡者数520名、生存者数4名という日本の航空機事故史上最悪といわれた日航機墜落事故だ。
上と下の写真は、当時発売された週刊読売。
悲惨な墜落事故の様子が生々しく綴られていた。

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8月12日の朝、私の3人目の子の出産予定日でお目出度い日でもあった。
我が家では、朝からその喜びに沸き立っていた。
出産は順調で、栃木市内の病院で朝8時ごろ我が家待望の元気な女の子を授かった。
しかし、喜びに包まれていたその夜、悲惨なニュースが日本中を震撼させた。
8月12日が来るといつも思う、喜びと悲しみが絡み合った複雑な日でもある。
その日生まれた娘も良縁に恵まれ、今は埼玉で幸せな家庭を持っている。
今日も朝から日航機墜落事故の現場となった御巣鷹の尾根への慰霊登山のニュースがながれている。
合掌。

日航機墜落事故から30年 2015年8月のブログ記事

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